人に嫌われても良いという覚悟をもったクズに見える人の話

雑記
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少し前に「嫌われる勇気」という本がベストセラーになりましたね。

この本の内容がベストセラーになるということは、「他人に嫌われたくない」と思っていたり、「もっと自分の思うように自分を表現したい」と思っている方がとても多いということなんでしょうね。

婚活をしているときにも、人に嫌われることを恐れずに自分を表現していくということは

とても大事なファクターだったように思えます。

これが私です!!どうですか!!

と、相手に自分を丸出しにする覚悟。

そして、「これが私です!」と言えるレベルの自己分析が必要でした。

 

でも、最近思うんですが、「これが私です!」と嫌われることを恐れずに自分を表現している人の中に

言語能力がひくすぎて、ただただ嫌われている人

というのが一定数がいるような気がするんですよ。

 

人間生きてれば傷つけることもあるし、傷つけられることもあります。傷つきやすい人もいれば、ちょっとのことじゃ傷つかない人もいます。

 

私は20代の頃は「もうおばさんだね」なんて冗談で言われると、それはもう手が付けられないぐらい怒ってました。そして傷ついていました。「私ってそんなに老けてる…?」と笑

でもなぜか30歳をこえると「おばさん」と言われてもまったく何も感じなくなりましたが…

「おばさんですが何か?なにか問題でも?」と思えるようになりました。

こんなふうに、人は強く(?)なっていくのかもしれませんが

ふと思うんですよね。なんであの人、「おばさん」ってわざわざ言ったのかなと。

なぜそんな人によっては傷つく言葉をチョイスしたのかなと。

別にそんなこと言わなくても、良好なコミュニケーションはとれるわけじゃないですか。

「ブス」とか「デブ」とかもそうですよね。人によってはとても傷つく言葉です。

主人と暮らしているとたまに思うのですが、おそらくコミュニケーションとしてそういう言葉を使っているんですよね。「あっきみって眼鏡かけるとすごくブスだね!」とか笑

 

ひとえにこれは言葉のチョイスの問題で、性格の問題ではないと思うんです。

だって、主人の「うちの嫁は眼鏡かけるとブス」と思う心はただの彼の中の事実であるわけで、それは仕方ないですからね笑

「眼鏡かけないほうが好きかな」と言えばすむ話です。

  

でもあえてなのか癖なのか、「自分に正直でいる」ということを最優先にする人って、すごく人に対する言葉のチョイスが思いやりにかけるなぁと思うことがあるんです。

そりゃそうですよね、「自分に正直でいる」ことが最優先なんですから、ほかの人が自分をどう思おうが知ったこっちゃないというスタンスなんですから。

でも思うんですよ。

言語能力が低い人は自分に正直になると、ただのクズに見えるんじゃないかなーと。

嫌われる覚悟を持って自由になって、いろんなことがうまくいく人は言語能力が普通かそれ以上の人たちで、普通以下の人は、ただただ嫌われるだけなんじゃないかと。

自分が思っていることを言葉にできる能力は大変重要で

もっと言うと思っていることを言葉にできるだけじゃなくて、時と場合によってまろやかな言葉にしたり、辛い言葉にしたり味付けをできる人は言語能力高いですよね。

「やばい」とか「すごい」とか私もたまに使っちゃいますけど

どうやばいの?どうすごいの?ということが言える人じゃないと人に伝わらない。

 

何が言いたいのかというと、嫌われてもいい!と思って自分に正直でいる人はまず、自分の言語能力をかえりみてほしいですってことです。

自分が正直に思ったことには味付けをして、美味しい料理にして相手に提供しましょうね、という話でした。


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